「ANAはあの紙の理由を忘れたのか」 搭乗時のペーパーレス化で残る大きな疑問【コラム】

全日本空輸(ANA)が、国内線搭乗時に空港で発行している、「保安検査証」と「ご搭乗案内」を廃止すると発表したことに対し、疑問が広がっている。

「保安検査証」は、保安検査場通過時に発行される黄色い紙。「ご搭乗案内」は、搭乗口の改札を通過する際に発行されるピンク色の紙。2種類の用紙は2016年12月から発行していた。これにより、搭乗時のペーパーレス化が実現する。

他の航空会社では、国内線でANAと共同運航(コードシェア)するソラシドエアやエア・ドゥ、スターフライヤーなどが同一の方式を採用。日本航空(JAL)は、保安検査場通過時の「ご搭乗案内」を原則1人1枚発行している。スカイマークや、ピーチ・アビエーションやジェットスターなどの格安航空会社(LCC)では、航空券のほかに発行されるものがないことが多い。

また、各社とも、搭乗券を発行せずに携帯電話のQRコードや、マイレージカードなどで搭乗できる仕組みも整えていることが多い。ANAが「保安検査証」と「ご搭乗案内」を廃止して、搭乗時でペーパーレス化することは、普遍的で一見自然な流れのように見える。

安全・定時運航のための「保安検査証」と「ご搭乗案内」

今回の動きに疑問が広がっているのはなぜか。そのヒントは、なぜ「保安検査証」と「ご搭乗案内」を発行していたかにある。

2016年までは現在のJALと同様に、保安検査場で「ご搭乗案内」を発行していた。これが2016年12月に変更され、保安検査場通過時に「保安検査証」を、搭乗口の改札を通過する際に「ご搭乗案内」を発行するようになった。

ANA(ボーイング777-200型機など、JA713A)

この変更の原因は、2016年9月に発生した福岡空港での「立ち乗り事件」だ。2016年9月30日、福岡発東京/羽田行きのANA256便が搭乗手続きを済ませていない乗客を搭乗させ、定員超過のまま飛行機を出発し、判明した後に駐機場に引き返したという出来事だ。空席待ちの乗客を乗せたため満席だったものの、本来搭乗していないはずの乗客が搭乗していることに牽引車で移動中に気づき、駐機場に引き返した。

けが人はいなかったものの、同年8月にも、新千歳空港で保安検査をすり抜ける事案があり、搭乗手続未了の乗客の搭乗を防ぐよう再発防止を指示している中で類似の事案を発生させ、さらに定員超過で運航を開始させたことが、航空保安と運航の安全上極めて遺憾であるとして、ANAに対して厳重注意を行い、再発防止を求めた

「保安検査証」と「ご搭乗案内」発行は、国土交通省から求められた再発防止策の柱の1つ。「お客様のご搭乗手続き状況の確認と保安検査の確実な実施のため」「お客様の搭乗ゲート通過確認の確実な実施のため」として、安全・定時運航のため、「保安検査証」と「ご搭乗案内」の発行に至ったと明記されている。

「保安検査証」と「ご搭乗案内」がなくなることが意味すること

「保安検査証」と「ご搭乗案内」の発行された背景を理解した上で、「保安検査証」と「ご搭乗案内」がなくなることが意味することは何だろうか。単なるペーパーレスだけではなく、6年前に起きたインシデントの再発防止策を、敢えて取り止めるという意味合いがでてくる。

保安検査場や搭乗口の改札通過のプロセスは6年前とほとんど変わっていない。だから、なぜANAは「保安検査証」と「ご搭乗案内」の発行を取りやめるのか、「ペーパーレス化」と喧伝するだけでは説明が不足している。

6年前の「立ち乗り」事件は偶然が重なったことで生じた出来事であったけれど、同じことは二度と起きないのか、検証をしたのだろうか。一乗客としては、検討を重ねた上での決定だと信じたいのだが。

ANAの決定にはらむ矛盾

福岡空港に駐機するANA機

ANAがしっかり検討を重ねたうえで、「立ち乗り」の対策として「保安検査証」と「ご搭乗案内」が不要である、と決定したのならば、もう1つ疑問が生じる。それは、そもそも「保安検査証」と「ご搭乗案内」を発行するのは必要だったのかという点だ。ANAの広報担当に改めて確認を行ったところ、「保安検査証」と「ご搭乗案内」の廃止について、次のように説明した。

・「保安検査証」について
SKiPサービス廃止に伴い、全てのお客様が保安検査場通過前に搭乗⼿続きをすることが必須となる。これにより検査場端末では全てのお客様が搭乗券を提示する(端末にかざす)搭乗モデルへ変更する。搭乗⼿続きの完了は搭乗券で確認することが可能になる為、検査場端末からの「保安検査証」発⾏は廃止する。

・「ご搭乗案内」について
現在、搭乗⼝の改札機では「ご搭乗案内」を発⾏し、係員がお客様が⼿交することにより通過確認を⾏っている。2023年の端末更新では、フラッパー付きの新自動改札機を導入する。改札機のフラッパー開閉で搭乗旅客の通過確認、制御を⾏うことが可能となる為、改札機から発⾏している「ご搭乗案内」は廃止する。

「保安検査証」は、2016年の発行開始時に「お客様のご搭乗手続き状況の確認と保安検査の確実な実施のため」、導入したとしていた。これに対し、「保安検査証」廃止については、「搭乗手続き完了について確認できるようになったため」、廃止するとした。ここには重大な矛盾をはらんでいるのではないか。

そもそも、「搭乗手続きの完了」は、通常は搭乗券の発行をもって担保すると考えるのが自然だ。「保安検査証」は、保安検査を行った証明であるから、搭乗手続きを行った前提で、乗客が保安検査を行ったことを証明してきた証憑であるはずだ。この説明では、保安検査を完了したかどうかを確認することを考慮せずに、「保安検査証」を廃止したのではという疑問が浮かぶ。

また、「ご搭乗案内」については、フラッパー付きの新自動改札機を導入し、改札機のフラッパー開閉で搭乗旅客の通過確認、制御を⾏うことが可能となる為、改札機から発⾏している「ご搭乗案内」は廃止するとしたが、現行の自動改札機でもフラッパーがついている。

改札機の挙動を確認すると、基本的に乗客が有効な搭乗券などをかざした場合に閉じているフラッパーが開く。ただ、現行のANAの自動改札機では、連続して乗客が通過した場合に、フラッパーが開放されたままになることがあるため、確実に搭乗旅客の通過確認・制御を行うことができていないから、「ご搭乗案内」を発行することで、確実な搭乗旅客の確認ができるようになったとしたいのだろう。

しかし、確実に搭乗する旅客を確認したいのであれば、「ご搭乗案内」を発行して渡すのではなく、フラッパーを厳密に運用し、正しい搭乗手続きと保安検査を行ったかを確認して改札機を通過させるべきではないだろうか。そして、この厳密なフラッパーの運用は、今日からできるはずだ。後回しにする理由はない。「ご搭乗案内」廃止によって、皮肉にも「ご搭乗案内」を使って搭乗旅客の確認の厳密性についてお茶を濁していたように見えてしまう。

ANAに十分かつ論理的な対応・説明を求めたい

いつどんなときであっても、安全上保安検査を確実に通過し、搭乗券をもった乗客以外の搭乗は許されない。その確実な識別方法として、すでに搭乗券を発行せずにモバイルやマイレージカードなどで搭乗する乗客に対しても、やたら嵩張りサイズの異なる紙を2枚も渡し、なるべくスムーズに通過したい搭乗口の改札で取りづらい位置に出てくる紙片を必ず取らせるように、原則全ての乗客に強制させてきた。

改札機の流動が滞るからか、空港職員が「リセット」ボタンを連打する光景も散見されていた、国土交通省に再発防止策としてわざわざ届け出た、スマートと程遠いけれど仕方なく受け入れていた、ANAの搭乗システムを取りやめるという動きは、ANAにある程度の回数搭乗している筆者としては如何とも信じ難い。

「立ち乗り」事件のあと、コロナ禍を経験し、「非接触」が叫ばれる時代にもピンクと黄色の紙が押しつけられ、中途半端に氏名が掲載されているが故に処分するのが躊躇われ、財布を徐々に圧迫していたあの紙々がなくなることは素直に喜ばしいが、同時にいままでの「保安検査証」と「ご搭乗案内」の意義はなんだったのだろうかと失望するのである。

「立ち乗り」対策として発行してきた、あの邪魔な「保安検査証」と「ご搭乗案内」がなくなることは、その発行背景を知るものからすると、大いなる疑問と矛盾を感じずにはいられない。ANAには納得できる説明と、安全を重視する姿勢を求めたい。