「コロナ禍がなければ…」  早期退役したANAの777-300ER、フェリー担当機長が語る思い

新型コロナウイルスの影響による需要低迷を受け、2020年10月に事業構造改革を発表した全日本空輸(ANA)。航空事業を一時的に縮小するため、大型機を中心とした28機の早期退役を決めた。

退役対象の一つとなったボーイング777-300ER型機は、以前は北米や欧州へ飛び回る長距離国際線の主力機材だった。当初2020年度夏スケジュールに計画されていた羽田空港の国際線増便後は、ヒューストン線やミュンヘン線などに投入され、活躍の場をさらに広げる予定だった。しかし、コロナ禍で経営のスリム化が急務となったANAは、同型機13機の早期退役を決定。昨年12月1日から順次退役が進められ、対象の最後の1機だったJA780Aが今年7月15日に日本を去った。航空機の寿命は一般的に20〜30年程度と言われる中、約14年での退役となった。

“飛行機の墓場”での別れの瞬間「無言になる」

▲退役のため羽田空港を飛び立つJA779A(2021年7月13日)

退役機が向かうのはアメリカ・カリフォルニアのモハーヴェ空港。役目を終えた世界中の航空会社の機材が一面に並ぶ。「飛行機の墓場」とも呼ばれるこの地に飛行機を送るフェリーフライトを担当したパイロットに、ボーイング777-300ER型機との思い出を聞いた。

ボーイング747型機の乗務経験もあるという原剛機長は、ボーイング777-300ER型機の登場を「衝撃的だった」と表現する。「航続距離やエンジンパワーなど、ジャンボでできていたことがこの双発機で達成できている。300ERはやっぱりすごい」と讃えた。

JA780Aなどを担当した山口聖史機長は、2010年にボーイング777型機で機長昇格。「太平洋を何度も一緒に往復したり、ロシアを越えてヨーロッパにも何度も一緒に行ったりした機体。色々な景色を見て、忘れられない思い出がいっぱいある」と振り返った。

▲JA780Aを点検する山口聖史機長

ボーイング777-300ER型機のフェリーフライトは基本的に1機あたり3名のパイロットが乗務しているが、モハーヴェに送り届ける時の心境を聞くと、全てのパイロットが最初に「寂しい」と口を揃える。

12番目の退役機となったJA779Aは2007年の製造。2006年からボーイング777型機に乗務しているという関谷誠機長は、「僕らが777の乗員をやっている間に新造機としてやってきて、出ていってしまった」と早すぎる別れを惜しみ、「コロナ禍でなければ羽田の拡張で大活躍するはずだったのに」と寂しそうに口にした。

▲JA779Aを点検する関谷誠機長(右)

「副操縦士時代から乗って、この飛行機で鍛えてもらった」と話すのは、同じくJA779Aを担当した萩原宏機長。「他の飛行機も何十機と捨てられている砂漠の中に置いて帰らないといけない」という別れの瞬間は「もう一回離陸できたらな」と寂しくなるという。

また、前出の山口機長は「モハーヴェに着いてエンジンを切ると、多分もう回すことはない。そう思うと最後は手が震えた。涙ぐむ同僚もいた」と振り返ると、原機長も「みんな何とも言えない思いを抱える。あの瞬間は無言になる」と頷いた。

残る仲間の活躍の場は?

ANA 777-300ER JA795A

コロナ禍で13機が早期退役したANAのボーイング777-300ER型機だが、2019年から導入している新仕様機など15機が残る。国際航空運送協会(IATA)は、世界の航空需要が復活するのは2024年と予測している。以前のように、大型機が長距離国際線で大活躍する状況が早く戻ることを願うばかりだ。

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