その噂は本当か? ”日本最低評価の宿”に泊まりに行ってみた【レポート】

駅から車で走ること約1時間、宿に着いたのは16時ごろだった。奥には磐梯山、その下に神社の鳥居が見える道路の両側に、「ほりい荘」と書かれた看板が掲げられた建物がある。その裏には駐車場。そこに車を停めて宿に向かおうとしたが、どちらに入ればいいのかわからない。

両方の様子を見て、ひとけのありそうなこちらの建物を覗いてみた。

玄関を開けると、「御用の方はこちらの番号へ」と書かれた看板が掛けられていた。右を見ると、「御用の方はこのボタンを押してください」と書かれている。奥の方で物音がするので、宿の人はいるようだ。奥に向かって「こんにちはー」と声をかけた瞬間――

「ワン!ワンワン!!!」

犬が吠えたてながら飛び出してきた。動物好きの方なら喜びそうな小型犬だったが、犬嫌いの筆者はもうこの時点で帰りたくなった。しかし「犬が嫌で帰ってきました」なんて言えるわけがない。そうして玄関先でうろたえていると…

「ウー、ワンワン!!!」「ワンワン!!!」

奥からもう一匹出てきた。今にも飛びかからんとするワンワンの共鳴。もう帰りたい。

とりあえず出直そう、そう思いながら後ずさりすると、「こら! うるさい!」と、おばちゃんが犬をりつけながら顔を出した。ニコニコした感じのよさそうなおばちゃんだ。内心やれやれと思いながら「宿泊の者ですが」と告げると、「階段あがって3号室です」との答え。名前を尋ねられることもなく告げられた。今日の予約は1件だけらしい。

おばちゃんは「車は停められた?隣の駐車場でも向かいでもいいからね」、「猪苗代湖でも見てきたの?」と気さくに話しかけてくれるので親しみは感じる。

そして、布団は部屋にあるので宿泊客が自分で敷く、1階の階段裏にある浴衣やシーツを適宜持って行って使うということを伝えられた。「お風呂はこの奥です。もう入れます。なるべく早めに入ってね。夕食は17時半です。あとはご自由にどうぞ」と言いながら、おばちゃんはなおも吠え続ける犬たちを奥へ追いやった。

とにもかくにも犬たちから逃れて無事に入館できたので、まずは部屋へ向かう。指示通り細い階段を2階に上がると、左手に「3号室」、右手に「5号室」と書かれたドアが現れた。4号室がないのはよくあることだが、1号室と2号室はどこにいったのだろう。

ドアを開けると、平成初期を感じるキッチンルームがそこにあった。正面の棚の上にはタオルが放置され、上の扉は片側が開いて中に何やら色々なものが雑然と置かれていた。下の扉には何かが挟まっている。生活感を感じるので触れない方がいいのだろう。

その左側に和室。8畳+板床約1畳+広縁で、1人での宿泊には十分な広さだ。

ここで気付いたのだが、そういえば部屋の鍵すら渡されていない。部屋は内側から鍵をかけることはできるが、外に出ている間は自由に出入りできる状態になってしまう。民宿だとはいえ、セキュリティ対策が気になる人にとっては問題点である。

床や畳は汚いというわけではないが、ところどころに髪の毛や埃が落ちており、掃除が行き届いているとは決して言えない。広縁にはカメムシの死骸が落ちていた。おばちゃんが一人で切り盛りしているようなので仕方ないだろう。いずれにせよ、アレルギー性鼻炎(ハウスダスト)持ちの筆者にとっては辛い。

テレビはブラウン管。地上デジタル放送用のチューナーが付いている。スイッチを押してみたが電源が付か入らない。裏を見ると、コンセントが抜けていた。コンセントを差し込んで再度スイッチを押すと、「プッ、キィーン」というブラウン管の懐かしいノイズとともに電源が入った。

この日の福島県内各地はかなりの高温が予想されていたとはいえ、この辺りは盆地からはやや離れており比較的涼しい。窓を開けておけば初夏の風が入ってくる。部屋からの眺望もそれほど悪くはない。

部屋にはエアコンがあったが、こちらもコンセントが抜けている。それよりも、そもそもリモコンが見当たらなかったので操作のしようがなかった。

トイレには意外にもシャワー機能のリモコンが壁に取り付けられていた。関心したのも束の間、例によってトイレ側のコンセントが差されていなかった。当然ボタンを押してみても何の反応もなかった。


▲部屋の隅にあった行灯。電源を入れたが残念ながら点かなかった。

さて、「お風呂は早めに入ってね」ということだったので、早速温泉に入ろう。そういえばアメニティが見当たらないが、タオルくらいはあるだろう。もしや棚の上に乱雑に置かれていたタオルがそれだろうか…と手にしてみたが、湿っているのでやはり違うようだ。

持参していたタオルを手に下に降りると、再び行く手を阻まれた。

「ワンワン!!!」「ワンワン!!!」

猫は見知らぬ人を見ると逃げ出すのに、犬はどうして向かってくるのだろうか。ほどなくして、おばちゃんが「うるさい!お客さんがお風呂に入れないでしょう!」と犬たちを奥の部屋にいれた。「源泉そのままで熱いから埋めて入ってね。タオルは入り口のところに掛けてあるから使ってください」。今夜の宿泊客は筆者だけなので、1人のためにお湯を張ってくれたのはありがたい。手すりに掛かっていた「ほりい荘」の名入れタオルを手にのれんをくぐる。


▲名入れタオル。「タオル100円」という貼り紙もあった。

脱衣所には洗面台と洗濯機があった。洗濯機は200円という貼り紙がある。後で聞いた話では、水道代100円、洗剤代100円という内訳らしい。
浴室の方からはジャバジャバと勢いよく水が注がれている音がするので、もしかすると掛け流しなのかもしれない。そう期待して浴室のドアを開けた。

一瞬、場所を間違えたかと思ったが浴槽に蓋が置かれていただけである。ちなみに、脱衣所で聞こえていた勢いよく水が流れる音は浴室の裏手にある川の音だった。

手こずりながら重い蓋を開けると、褐色のお湯がなみなみと張られていた。濁っているのは泉質のためである。よく見ると湯面に羽虫が浮いているが、これくらいは山間の温泉にはよくあることなので特に気にならない。源泉のまま入りたいところではあるが、やはりかなり熱かったのでおばちゃんの提言通り水で埋めることにした。

それにしても羽虫が多い。窓から入ってきているわけではなさそうだが…。水を入れながら浴室を見渡していると、見つけなくていいものを見つけてしまった。浴室の壁に空いた小さな穴から別の穴に向かって、シロアリが列を成して歩いていたのだ。つまりここにいる羽虫は羽シロアリだ。蒸気で湿った浴室の壁に羽が引っ付き、動けなくなった羽アリが大量にくっついていた。さすがに見るに堪えないので、巣穴のあたりに洗面器でお湯をかけて全て流した。シロアリは危機感が強いので、身の危険を感じるとそのあたりにはしばらく出てこなくなるはずだ。

湯船に浸かる前にシャワーで身体を洗おうとしたのだが、シャワーからは水しか出ない。カランの温度調節ハンドルを目いっぱい回してもお湯が出ないのだった。すると、折よく脱衣所の方から、「熱くないかい?」と、おばちゃんが声をかけてきた。お湯が出ないことを伝えると、「忘れてた。5分待って」と声が返り、おばちゃんはボイラーの電源を点けに行ってくれたようだった。5分ほど待つと無事にお湯が出た。そうこうするうち、浴槽の湯温がちょうど良い塩梅になった。

脱衣所にあった温泉成分分析表によれば泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉。ややぬめり感のあるお湯だが、pH6.9の中性らしい。源泉温度は60.5度で、温泉としては質のいいものだった。

1 2 3 4