観光白書に隠れたアウトバウンド低迷の理由ー“海外離れ”が示す構造の崩壊【コラム】

国土交通省・観光庁

観光白書が発表されました。国内旅行の消費額は25.1兆円と過去最高を記録し、いよいよポストコロナ時代の旅行需要が本格的に戻ってきた、そんな印象を受けた方も多いかもしれません。特に訪日外国人旅行者、いわゆるインバウンド客の流入増加が目覚ましく、白書でも多くの紙幅を割いて紹介されています。

「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。

一方で、日本人の海外旅行、つまりアウトバウンドについて注目すると、その減少ぶりに目を覆いたくなります。「出国日本人数の推移」によると、2024年の出国日本人数は約1,301万人。これはコロナ前の2019年(2,008万人)と比べて約35%減という水準です。

落ち込みが著しいため、これはいつ頃の水準まで下がったかと調べてみました。この数字は、SARSやイラク戦争の影響で海外旅行者が激減した2003年頃と同水準にまで落ち込んでいるのです。現状は、単なる“回復途上”ではなく、もはや“沈降の一途”とも言うべき状態に見えます。

ロンドンから見た「アクティブシニア」の不在

筆者は現在、ロンドンに住んでいますが、街中で日本人旅行者を見かける頻度は明らかに減りました。その姿の変化にも気づかされます。たとえば、かつては退職後や子育てが一段落したタイミングでヨーロッパを自由に旅する60〜70代の“アクティブシニア”層が目立っていました。しかし、いま目にするシニア層は、旅程を削り、食費を切り詰めて、ようやく旅を成立させているように見えます。

私がロンドン市内で出会った年配の日本人女性グループは、物価の高さに驚きながら「これが今日のランチ」と言って、小さなスーパーの菓子パンを分け合っていました。その姿は微笑ましくもありましたが、「せっかくイギリスまで来たのに、この予算しか使えないのか…」と、どこか切なさも感じさせました。

「行かない人たち」の構造とは

「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。

「年代別国内宿泊旅行経験率の推移」では、国内旅行の旅行経験率が高齢層で著しく低下していることも指摘されています。2019年には38.6%だった70代以上の旅行経験率は、2024年には30.7%にまで下がったといいます。

「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。

さらに、「観光・レクリエーション目的の国内宿泊旅行をしなかった理由(全年代上位5項目)」をみると、60代までは「仕事などで休暇が取れない」が最大の理由なのに、70代以上は「健康上の理由」がトップ、「家計の制約」が2番手にそれぞれ挙げられています。これが海外旅行となればそのハードルはさらに跳ね上がることは容易に予想できます。つまり、せっかく時間ができたのに、身体が動かなくて出かけられない、という状況にあることは明白です。

もちろん、「それでも行ける人」は行っています。特典航空券を活用したり、優待を利用したりすることで、旅を実現している方も少なくありません。筆者自身も、「マイルで来ました」という日本人旅行者にヨーロッパで出会うことがしばしばあります。つまり、自由に旅を楽しんでいるように見える人々でさえ、実は“補助的な仕組み”によってその旅を成り立たせているのです。

沈黙する中間層と、問われる社会の設計

このような状況は、旅行者の二極化が進んでいることを示唆しています。旅に行ける人と、行かなくなった人。その中間がごっそりと抜け落ちている印象があります。そして、その“行かなくなった人たち”は、白書の統計には現れません。声なき沈黙こそが、実は最大の構造変化なのではないかーそんな危機感を覚えます。

旅に出ない。出られない。だが、その理由が「意欲」ではなく「予算」や「制度」から来ているとすれば、それは個人の問題ではなく、社会構造の問題です。白書に描かれた“回復”のグラフの裏で、こぼれ落ちている人たちがいる。その存在に、今こそ目を向ける必要があるのではないでしょうか。