食事と絶景だけじゃない 新生「伊予灘ものがたり」で体感したい旅の魅力

2021年12月、四国の人気列車として7年半走り続けてきた車両が惜しまれつつ引退した。その名は「伊予灘ものがたり」。JR四国初の本格的な観光列車として2014年7月にデビューして以来、伊予の四季折々の景色を眺めながらレトロモダン調の車内で食事を楽しむ非日常体験が好評を博し、のべ14万人以上がこの列車での旅を楽しんだ。

▲2021年に役目を終えた初代「伊予灘ものがたり」

今では第3弾まで登場している「ものがたり列車シリーズ」のさきがけとなった「伊予灘ものがたり」がこの春、新たな車両で“2代目”となって帰ってきた。利用者や沿線住民から愛された外観・内観デザインはほぼそのままに、車内の設備面がブラッシュアップ。さらに、伊予灘の夕焼けをイメージした1号車「茜の章」、愛媛の柑橘や太陽をイメージした2号車「黄金の章」の2両編成だった列車は、花をコンセプトにした新たな車両「陽華(はるか)の章」を加えた3両編成となって進化した。

運行日はこれまでと同様に週末の金・土・日曜が中心で、松山発伊予大洲行きの「大洲編」、伊予大洲発松山行きの「双海編」、松山発八幡浜行きの「八幡浜編」、八幡浜発松山行きの「道後編」の4つのコースが設定されている。各コースで味わえるのは、愛媛県内の飲食店が地元の食材を活かして手掛けたこだわりの食事。朝に出発する「大洲編」ではモーニングセット、日中の「双海編」と「八幡浜編」ではランチセット、夕方の「道後編」ではアフタヌーンティーセットが提供される。

初代車両が引退してから3か月。「ものがたり第二章」として走り出した2代目「伊予灘ものがたり」の旅を紹介する。

伊予灘の夕陽を浴びて走る「道後編」

今回乗車したのは、八幡浜を午後4時16分に出発する「道後編」。黄昏の伊予灘を車窓に眺めながら、午後6時17分に松山に到着するコースだ。

大漁旗で飾られた八幡浜駅の1番ホームに、茜色と黄金色が眩しい2代目「伊予灘ものがたり」が入ってきた。初代車両より輝いて見えるのは新車だからかと思えば、JR四国の車両として初めて全面にメタリック塗装を施しているから。伊予灘に沈む夕日の光を映してきらきらと海岸を走る。

車内を見ていこう。1号車「茜の章」と2号車「黄金の章」のインテリアデザインは初代車両を継承。山側には線路と並行に2人用の対面シート、海側には4人用のシートと、窓向きの展望シートが並ぶ。窓割り(窓の位置)に合わせて展望シートの一部はペアシートになり、親子や夫婦での旅にうってつけだ。

▲4名用シートがある1号車「茜の章」

▲海向きのペアシートを備えた2号車「黄金の章」

窓と窓の間にはLED照明を仕込み、障子の明かりのような和のイメージを演出。電球型の照明や洋風の椅子の雰囲気と相まって、大正ロマンを感じるような和洋折衷の空間に仕上がっている。車内外のデザインは初代車両を彷彿させるものとなっている一方、アテンダントの制服は一新してリニューアルした。

▲電球型の照明は愛媛特産のミカンがモチーフ。社員が手作りで仕上げたという

▲アテンダントの制服。左が2代目で右が初代(どちらも秋冬用)

八幡浜駅の皆さんに見送られて「伊予灘ものがたり」は出発。駅を出てほどなく、列車は桜並木に沿って走る。1年のうちでも3月末頃から4月初旬頃までの短い期間しか見られない景色ではあるが、満開の桜が大きな窓の目前を流れていく光景は圧巻だ。

▲JRの皆さんに見送られて八幡浜駅を出発

▲千丈〜伊予平野駅間の桜並木。新たに設えられた車内モニターには前面展望映像が流され、車窓風景と一体になって空間に広がりが感じられる

桜並木を過ぎると、さっそくアフタヌーンティーのサービスが始まった。まず席に運ばれてきたのは、愛媛の伝統工芸である砥部焼の二段重。松山市のパン・フランス菓子店「Petit Paris」が手掛けた「伊予灘の菓織箱(かおりばこ)」だ。花柄がお洒落な蓋を持ち上げると、キッシュやサンドイッチといった軽食のほか、チーズケーキ、桜色のムースやマカロン、みかんのジャムなど色鮮やかな菓子類が詰め込まれ、宝石箱のよう。列車のロゴマークがかわいいポットで提供される紅茶ももちろん特製で、イヨカンの果皮などがブレンドされているという。

▲一つひとつデザインが異なる二段重だけでなく、ティーカップとソーサーも砥部焼。地元の砥部焼作家グループ「とべりて」によるもの

▲オリジナル紅茶「伊予灘view tea」が入ったポットには「伊予灘ものがたり」のロゴマーク

▲アフタヌーンティーセット「伊予灘の菓織箱」。桜色のマカロンやムースに季節を感じられる


▲車内で注文できるドリンクメニューも刷新された。4種のオリジナルカクテルは全てが新メニュー。地元の「道後ビール」もラインナップに加わっている

▲ブラッドオレンジシロップといよかんリキュールで夕空の色を表現した新作カクテル「黄昏」

▲砥部焼のティーセットは通路にも飾られている

▲洗面台も砥部焼。季節によって作品を入れ替えるそうだ

伊予大洲を出た列車は内子線と分かれ、「愛ある伊予灘線」の愛称が付けられた区間へ。通過駅の五郎駅に差し掛かるタイミングで列車が減速した。「左手側では地元の方々のお見送りです」という案内放送で車窓に目をやると、花を持ってこちらに手を振る「たぬき駅長」の姿。この沿線での“お見送り”こそが、車内だけにとどまらない「伊予灘ものがたり」の大きな魅力だ。直接触れ合うことはなくとも、満面の笑顔で手を振ってくれる姿におもてなしの心を感じられるのが嬉しい。

▲五郎駅名物とも言えるたぬき駅長のお見送り

▲地域の人々が乗客を暖かく出迎えてくれる

▲食事中の乗客やアテンダントも皆、手を振って応える

▲駅だけでなく、沿線の住宅や商店などいたるところでお見送りが。初代「伊予灘ものがたり」が7年半をかけて築いた地域とのつながりは2代目にも受け継がれていく

この日は通常の停車駅ではない喜多灘駅に臨時停車。大洲市と伊予市の境界となっているこの駅はホームに迫るように咲き誇る桜が見どころで、地元の人がカメラを手に訪れていた。乗客も外に出て列車と桜の共演を楽しめるのはこの時期だけ。こうした季節に合わせたサービスも「伊予灘ものがたり」の醍醐味の一つだ。

▲桜が満開の喜多灘駅に臨時停車。ホームには大洲市と伊予市の境界線が引かれている

▲桜とともに記念撮影

さてこの2代目「伊予灘ものがたり」には、新たに3号車「陽華の章」が加わったことを冒頭で紹介した。この車両には車内サービス用のギャレーに加え、最大8名で利用できるグリーン個室「Fiore Suite(フィオーレスイート)」が設えられている。2名掛けのソファーシートが海側の窓に向かって半円状に4つ配置されたプライベート感あるラグジュアリーな部屋で、家族の記念日などの旅行に使いやすい空間だ。窓側に設けられた鏡面仕上げのテーブルは空を映し、伊予灘の海へとつながっていく。さながらインフィニティプールのような視覚演出を体験できる。

▲3号車に1室だけ設けられたフィオーレスイート。天井は鏡面仕上げで開放感がある。天井照明は光の雫をイメージ

▲フィオーレ(=花)の名に相応しく、桜材を使った壁には桜小紋が散りばめられている

▲鏡面仕上げのテーブルが海との一体感を演出

▲フィオーレスイートにつながる通路の前には大きなバーカウンターが

西陽が徐々に傾き始めた午後5時30分頃、この区間のハイライトとも呼べる下灘駅に到着。列車はここで10分停車する。夕陽を映す茜色の車両と、遠く広がる空と海の青とのコントラストは必見だ。より美しい夕景を味わいたい場合は、日没時間が早まる10月頃から2月頃にかけての時期に乗車するとよいだろう。

▲「前略、僕は日本のどこかにいます。」という青春18きっぷのポスターで一躍有名になった下灘駅

▲ほんのりと夕陽に染まっていく海と空に映える茜色

松山駅が近づき、「伊予灘ものがたり」の旅もいよいよあと僅か。まもなく夜を迎える松山の街を窓から眺めていると、アテンダントがお礼のあいさつに来てくれた。「また乗りに来てくださいね」という言葉に名残惜しさを感じるのも、この列車の旅がそれほど魅力的だったからだろう。初代車両に乗ったことがある人もそうでない人も、この2代目車両で再び走り始めた“ものがたり”を体験してほしい。(食事メニューやサービスは取材時点のもの)

▲旅の思い出に記念撮影のサービスも

▲終点・松山駅に到着。季節ごとに何度でも乗りに来たくなる列車だ