JR東日本とTABICAが組んだ「田端PF撮影会」、60人の“超限定”で開催のワケ 続編の予定は?

鉄道ファンなら毎年楽しみにしている人も多いであろう、各地の車両基地の公開イベント。残念ながらこの1年半は新型コロナウイルスの影響で次々と開催が見送られている。

そうした中でJR東日本が7月3日に開いたのが、田端運転所での“完全予約制の”公開イベントだ。EF65形1000番台(PF形)やEF81形など、往年の夜行列車を牽引していた電気機関車を並べ、当時のヘッドマークを掲出した姿を撮影できるというもので、撮影後は現場社員の解説を聞きながら、車両のメンテナンスを行う検修庫や、社員の技能教習に使われる運転シミュレーターなどを見学できる所内ツアーも付いていた。約2時間の内容で、価格は6,000円。定員は各回30人という超少人数制のイベントだった。

当日は小雨がちらつく生憎の天気だったが、参加者は機関車のヘッドマークが交換される様子を間近で撮影したり、現場社員と熱い鉄道談議を交わしたりと、久々の車両基地公開の雰囲気を存分に楽しんでいる様子だった。この日のために遠方から駆けつけた参加者も少なくなく、関西地方から来たという男性は「ホームページで見て、絶対に行くぞと(申し込んだ)。人数規模がちょうどよく、動きやすかった」と満足そうに話していた。

大規模な公開イベントはなくなってしまうのか

▲PF形を撮影する参加者

現在はコロナ禍で大規模なイベントを開くのが難しいとはいえ、今後も車両基地のイベントはこのような予約制かつ少人数制のものが中心となってしまうのだろうか。今回のイベントを担当した同社東京支社事業部 企画・地域共創課の川井恵里子さんに聞いた。

「今回の田端運転所での撮影会は、お客様に喜んでもらえる山手線沿線の価値を提供していこうという取り組みのひとつです」

実はこのイベントは、山手線を起点とした沿線の価値創造を進める東京支社のプロジェクト「東京感動線」の一環で、“体験”のCtoCマッチングを行うサービス「TABICA」との連携で開催されたもの。従来の公開イベントがなくなったというわけではなく、それとは別の趣旨の企画だという。

「まちや人を有機的につなげる」ことを目指す東京感動線では、2019年からTABICAと組み、「東京感動線×TABICA」として山手線を起点とした沿線の人や街の魅力を探る、街歩きを中心としたイベントを打ち出している。

「TABICAの特徴として、人と人の関わりが生まれるとか、みんなで一緒に楽しみましょうというコンセプトがあります。それが東京感動線の目指すところと親和性があると考えて取り組みを始めました」と川井さんは説明する。大規模な車両センターまつりなどが開催できない中、新しい学びや発見を提供できるイベントとして、この撮影会が企画されたという。

参加者と現場社員の「心のつながり」が見えた“スカ色の切れ端”

▲PF形のヘッドマークを交換する社員

実現に向けて4月頃から現場との調整を始め、準備には2〜3か月を要した。川井さんは、「イベントの中で新しい学びや深い体験が生まれるようにトライアルを重ねました」とその経緯を振り返る。あくまで「東京感動線」の企画ということで、“学び”や“体験”という軸は大切にした。現場社員との打ち合わせでは「あれも見せたいし、これも見せたいね」と前向きな意見が次々と挙がり、撮影後の見学ツアーというアイデアが生まれた。

車両メンテナンス担当の社員や運転士は普段、利用者と直に接する機会はほとんどない。しかし、川井さんはイベントを通して、そうした現場の人々の“こだわり”を少しでも参加者に伝えたかったと思いを話す。

「以前、松戸車両センターで開いたイベントで、(マト139編成の)スカ色ラッピングに使ったシートの切れ端を参加者へのお土産にしようと現場から提案があったんです。私はどういう価値が生まれるのかわからなかったのですが、それがとても好評でした。私たちの知らないような価値を現場の社員は知っていて、受け取ったお客様もその価値をわかってくださるという心のつながりが見えました」

今回のイベントでは、PF形の車両の向き(エンド)が5両全て揃っていることが話題になった。これも現場社員のこだわりの一つだったという。

「打ち合わせの中で、現場から『そうだ、エンドは揃えないとまずいんじゃないか』と発案があり、すぐに動きました。現場はそれがおもてなしになると捉えていました。お客様がせっかく来てくださるのだから、こちらも全力で応えようと」

イベント当日の質疑応答コーナーでは、参加者から「意図的に揃えたのですか」という質問があがった。社員が「揃えたほうがいいと思ったのでやりました」と答えると、会場が「おーっ!」とざわついた。

▲1エンド正面で揃ったPF形5両

「こちらが愛をもって(準備をして)、来てくださる方も愛があって。それが通じた瞬間だと思いました。ちょっと感動しましたね」と川井さんはそのシーンを振り返る。現場社員や川井さんの思いは参加者に届いたようだ。

参加者からは「現場の方と色々な話ができておもしろかった」という感想も聞かれた。川井さんは「ただの撮影会になりかねなかったところを、新しい学びや人と人との関わりが少しでも生まれるイベントにできたと思います」と実感した様子だった。

合計60人の参加枠 「どんな形でも開催できる規模に」

▲各回定員30人という非常にゆったりとした環境で行われた撮影会

ところで今回は、予約に至るまでのハードルの高さに様々な声が聞かれた。前述の通り、イベントの定員は各回先着30人。設定は2回のみで、TABICAのサイト上で受付が始まるや否や、合計60人分の予約枠はほぼ一瞬で埋まった。ネット上では「サイトに全く繋がらなかった」「60人では予約が取れるはずがない」といった意見もあがった。これについて川井さんは「感染対策が大きな理由」としてこう説明する。

「検修庫のキャパシティなどもあり、当日の感染状況が見通せない中、どんな形でも開催できる規模にしようと定員を絞らせてもらいました。もちろん、(参加者全員の)顔が見える範囲で、つながりを生むということを大切にしたいという思いもありました」

2回のみの設定にしたのも、撮影会という性質上、なるべく光線状況のよい午前中に楽しんでもらいたいというこだわりがあったからだという(当日は曇天だったが、晴れた場合午後は逆光気味になる)。

「(先着制ということに)厳しいご意見もいただきました。今後はなるべく公平に選択肢が広げられたらと考えています」

先着制になったのは受付フォームの仕様のためで、この先のイベントは状況を見ながら定員を増やし、受付方法も改善を検討しているという。川井さんは「今回来られなかった方にも機会を提供できるよう、継続的にやりたいと話を進めています」と明かした。

「東京感動線×TABICA」で伝えたい価値

▲撮影会に登場したEF81形81号機と133号機

川井さんは「東京感動線×TABICA」の展望をこう語る。

「鉄道車両だけではなく、(JR東日本には)色々な魅力があるというのを伝えていきたいと考えています。我々社員にとっては目新しさがなくても、お客様にとっては『えーっ』と思ってもらえることがたくさんあると思います。新しい価値を提供するというところはブレずにやってきたいですね」

今後は、系列ホテルのバーでのバーテンダー体験や、駅を舞台としたツアーなど、JR東日本ならではのリソースを活かした多種多様なイベントを予定している。

コロナ禍で身近な場所やモノに改めて目を向けることが多くなった昨今。鉄道を起点に都心の人や街の魅力を再発見できる「東京感動線×TABICA」の取り組みは、今の時代に最適なのかもしれない。