所持金ゼロ、高熱でも宿泊拒否できず 前時代的な旅館業法の問題点【永山久徳の宿泊業界インサイダー】

国土交通省・観光庁

第6条、宿泊者名簿の設置
第6条 営業者は、厚生労働省令で定めるところにより旅館業の施設その他の厚生労働省令で定める場所に宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、職業その他の厚生労働省令で定める事項を記載し、都道府県知事の要求があつたときは、これを提出しなければならない。

宿泊者が宿泊時にいわゆる「宿泊台帳」の記載を求められるのはこの法律に基づいている。その他条例や細則により、事後の本人確認のため自筆を要求される事も多く、ほとんどの宿泊施設が遵守している。記載を求めるのは主に犯罪防止、食中毒や感染症発生時に速やかに該当者に連絡を取る目的であり、前述の5条と異なり、施行当時より社会的な重要性が増している条文である。しかしここにも問題点が多い。

まず、職業の記載などが今の時代に必要だろうか。そして、宿泊客が虚偽の記載をした時の責任の所在はどこにあるのだろうか。有名なケースとしては、一連のオウム真理教事件の捜査にあたり、宿泊施設における教団員の宿泊者名簿の虚偽記載を警察が別件逮捕の要件として利用した例があるが、余程の事が無い限り宿泊者が取り締まられるケースは無いだろう。問題なのは、宿泊施設側も逮捕の可能性があることだ。虚偽記載や記載不備があった場合、宿泊施設側も50万円以下の罰金に処される(第11条)。現行ルールでは宿泊施設は記載内容が正しいかどうか判断することはできない。一体利用者の職業をどうやって確認するのだろう。身分証明書の提示も義務付けられていないのに、氏名や住所が真正なものであるとどうやって判断するのだろう。つまり、実質的に違法状態であっても宿泊施設側にはどうすることもできないのだ。

外国人宿泊者はパスポートの提示と宿泊施設でのコピー保管が義務付けられているのに、日本人にはそのようなルールは無いため、身分証明書の提示を求めてもほとんどの利用者は応じないだろう。これでは犯罪者の追跡や食中毒、感染症の捕捉もできず、実効性はとても低い。偽名OKが常態化しているのでいわゆる泊まり逃げ、ノーショーなどの不正利用も防げない。

もっとも、来館時に限らず、宿泊予約時から利用者は偽名を使い放題だ。オンラインで予約をすれば、サイトによっては偽名どころか、メールアドレスや電話番号などの情報がすべて架空のものでも予約可能である。つまり宿泊施設は架空の人物と販売契約を結ぶことが常態化しているのだ。どんなECサイトであっても、氏名も住所も電話番号も架空のまま商品が届くことはあり得ないので、我々の業界がいかに特殊であるかがわかる。

言うまでも無く、宿泊予約という「契約」が完了した時点で、宿泊施設は商品である客室を予約者のためにブロックする。商品で言う「出荷」と同じだ。その出荷先が偽名、偽住所であることに疑問を抱かなかったのが宿泊業界を含む旅行業界なのである。

筆者は全般的に見て、旅館業法は不要もしくは緩和すべきだと考えているが、唯一強化が必要だと思うのは本人確認の義務化だ。宿泊者名簿の設置義務を、旅行業全体に対して本人確認義務に揃えることで様々な問題が解決する。Go To トラベルキャンペーンでは理論上全員の居住地確認が実施できたのだから、本人確認は実施可能なはずなのだ。

上記についてはいずれも私見であるため、業界には反対の声もあるだろうが、安全やコンプライアンスの概念が大きく変化している中で、宿泊業界の今後の健全な発展のために旅館業法の改正は避けて通れないことのひとつだ。

これらの問題点については、既に自民党観光立国調査会観光業に係る法制度のあり方に関するワーキングチームで検討が重ねられているので、一日も早い旅館業法の再構築に期待したい。そしてその時にはわれわれ宿泊業界側にもルールに精通し、権利と義務を行使できる執行者が必要となることも理解しておかなければならない。

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