“新幹線は花嫁” 車内整備の達人「エクスプレスドレッサー」、その名に込められた思い

毎日約350本もの列車が東西を駆ける東海道新幹線。1日の利用者数は17万4,000人にも上る。その日本の大動脈を我々が快適に利用できるように影で支えているのが、新幹線メンテナンス東海(SMT)という会社だ。主に新幹線の車内や駅、関連施設の整備を担当している。東海道新幹線をよく利用する人なら、“東京駅のホームで見かけるピンクの制服”と言えばピンとくるだろう。折り返し時間のわずか10分程度で全1,323席の整備をこなす姿には、海外からも称賛の声が上がっている。

実は昨年から、この車内整備の担当者は「エクスプレスドレッサー」と呼ばれるようになった。これまで長い間「キャスト」や「スタッフ」と呼ばれていたこの仕事に小洒落た名前が付けられたのには、どのような背景があるのだろうか。

私たちの仕事は清掃にして清掃にあらず

▲新幹線メンテナンス東海(SMT)企画部総務課 持木久美さん

「ドレッサーという名称には、『私たちの仕事の本質はサービス業』という思いが込められています」。

そう説明するのは、SMTのイメージ戦略プロジェクトに携わる、企画部総務課の持木久美さん。新幹線の車内整備スタッフと聞くと、「清掃をしている人たち」とイメージする人が大半だろう。しかし持木さんは、「私たちの仕事は“清掃にして清掃にあらず”、もっと価値のある仕事なんです」と切り出し、こう続ける。

「私たちの仕事は、汚いものを綺麗にするだけではありません。例えば椅子を回転したり、備品を補充したりして空間をきれいに調える、お客様を迎える空間を調える“サービス業”です。結婚式に臨む花嫁は、参列者が目を見張るくらいの美しさがありますよね。この美しさは、花嫁をドレスアップさせるドレッサーがいるおかげです。新幹線や駅を花嫁に置き換えて考えると、それをきれいに調える私たちは“ドレッサー”にあたると気付いたのです」。

▲昨年末に導入したサーモグラフィカメラで座席を点検するエクスプレスドレッサーの日高いちめさん(研修用モックアップで撮影)

実はこの「ドレッサー」は、2020年6月に就任した勝治秀行社長の発案。勝治社長は就任直後、現場の従業員を見て「仕事に対してもっとやりがいを持ってほしい」と感じた。

SMTが企業理念として掲げる「ありがとうの種まき」。この言葉には、日夜コツコツと確実な作業を積み重ねて心のこもったサービスを提供するという使命に加え、仕事を通して社員に生きがいや幸せを感じてほしいという意味も込められている。「自分の仕事は単なる清掃」と捉えている従業員がいるならば、まずはその意識を脱却してほしい――「ドレッサー」には勝治社長のそんな思いが込められている。持木さんが口にした「清掃にして清掃にあらず」という表現も、元々は勝治社長の言葉だという。

折しも2020年はコロナ禍発生の年。東京五輪で大きな賑わいを見せるはずだった駅や車内からは利用客が消えた。その状況に不安や寂しさを感じている従業員に、気持ちを新たにしてほしいという思いもあったことだろう。

▲利用客への案内もドレッサーの大事な仕事の一つ

ところが、「社長がドレッサーという名称を提案したとき、一瞬みんな引いたかなと思います」と持木さんは笑いながら振り返る。ドレッサーと聞くと、女性が使う化粧台を思い浮かべる従業員が多かった。しかし、ドレッサー、ドレッサーと言い続けているうちに、「たしかにドレッサーだよね」と納得する声が上がり始めた。「では、車両を担当するスタッフをエクスプレスドレッサーと呼ぶのはどうですか」。現場の社員からの意見を加え、新幹線を担当するスタッフを「エクスプレスドレッサー」、駅や関連施設を担当するスタッフを「ステーションドレッサー」と呼ぶことが決まった。

約7年にわたって東京駅で折り返し整備を担当している日高いちめさんは、この名称に衝撃を受けた。「自分自身も清掃業というイメージを持っていたので、『違うんだよ』と言ってもらえたことに驚きました。意識を変えていかないといけないなと。自分の中で大きな出来事でした」。

制服も約30年ぶりリニューアルへ

▲公募デザインを審査するユニフォーム検討委員会

イメージ刷新のための改革は名称だけに留まらなかった。続いて俎上に載ったのは、ドレッサーの顔とも言えるあのピンクの制服のリニューアルだった。1994年から四半世紀以上にわたって使い続けられている現行の制服。長年勤務している従業員にとっては愛着のあるものだが、「最初はすごく恥ずかしかった」という声も少なくないという。社内的にも対外的にもイメージを大きく変えるため、制服の一新は必須だった。

これまでにない斬新なアイディアを集めたいと、会社として初めて一般公募を行うことに決めた。ユニフォーム検討委員会を立ち上げ、社内公募も実施した。一般公募に寄せられたデザインは約60点。10代から70代まで幅広い層から応募があった。検討委員会のメンバーで、普段は静岡県三島市にあるJR東海の総合研修センターの整備を担当する秋山香奈子さんは、「皆さんに関心を持っていただけていることに嬉しく思います。この制服を着たいと社員に思ってもらえるような、かっこいい、素敵な制服ができれば」と意気込む。現在は一般公募デザインの審査中で、社内公募作と合わせて、今年度中にも最終的なデザインが決定する。

前出の日高さんも検討委員会の一員。親しみ深い制服が変わることに当初は実感が湧かなかったが、「委員会に参加して、本当に変わるんだなと楽しみになりました」と期待を膨らませる。真新しい制服に袖を通し、かつてのようにたくさんの訪日客をもてなす日も遠くないだろう。

▲制服刷新に携わる、ステーションドレッサーの秋山香奈子さん(左)、日高さん

徐々に賑わいを取り戻しつつある東海道新幹線。ドレッサーは今日も駅や車内で、心を込めて利用客を迎える準備を整える。今度新幹線を利用するときには、そんな人たちが旅を支えていることにも思いを巡らせてほしい。